カテゴリー: 映画・音楽・アート


サザエさん視聴率低迷の理由

サザエさんの視聴率が低迷しているらしい。
サザエさん視聴率201608

この事実と関係があるかわからないが、個人的にひとつ気になることがある。

磯野フネの声である。

アニメの声優が変わることはたまにあるが、比較的短期で慣れることが多い。少なくとも磯野波平の声優が変わった時はすぐに慣れた。

それは、引き継いだ声優が、前任に似せる工夫をしているからだと思う。

ただ、良いか悪いかは別として、2015年10月から変わった現在のフネの声は何となく独自色が強いように感じる。なので今でも違和感があるのだ。

毎週観ているわけではなので何とも言えないが、あえて言うなら、引き継ぎがうまくいっていないように思う。

そのことが視聴率とどの程度関係しているのかわからないが、サザエさんのいちファンとしての意見である。

ただ、それはもっと大きな時代の変化のキッカケに過ぎないのかもしれない。

いずれにしても、とんねるずのみなさんのおけでしたよりサザエさんが早く終わることはないと考えている。

余談だが、とんねるずといえば、最近、そのネーミングの素晴らしさを改めて実感している。

とんねるとは、目的地に早くたどり着きたい人たちが使う手段である。(掘るまでの関係者の苦労は相当なものだろうが・・・)

彼らが、成功という目的地に最短でたどり着くために「とんねるず」というグループ名にしたのだとすると、戦略がずばり的中したことになる。(ある意味、色々な人たちを踏んずけて超えていったのだろう)

実際のところはググればすぐにわかるだうが、ここではあえて触れないことにする。

閑話休題。

結局、どんなことにも始まりがあれば、終わるがあるということである。

言の葉の庭と耳をすませば

先ほど、言の葉の庭を観た。

まず、感じたのは、主人公の秋月孝雄が耳をすませばの天沢聖司と同じようなキャラだということ。

ただ、恋愛対象の女性設定の違いや、メッセージの違いからストーリー自体は別ものになっている。

雪乃(ゆきの)百香里(ゆかり)先生のキャラに関しては、いろいろと想うところがあるが、個人的な感情移入もあるので割愛させていただくことにする。

それにしても、細かい仕草や表情まで丁寧に描かれているということもあるが、彼女がとても素敵な女性だと感じるのは私だけではないだろう。

さて、ストーリーが進んでいく中で、最後に、ナゾの女性が自分の通う高校の教師だということがわかる。

その女性が朝からチョコをつまみにビールを飲んでいた理由も。

だが、結局、まだまだ未熟な秋月孝雄が、好きになった美しい女性のためにできることは、彼女がこれからの人生をしっかりと歩んでいけるような靴を造る職人になるために、日々、努力することだけなのだ。

本当にいい女というのは、そういう立派な男を育てるチカラがあるのかもしれない。

ある意味では、これも教育だと思う。

いずれにしても、どんなに美しい女性にだって、悩みのひとつやふたつはあるのだろう。

男としては、そんな美しいひとたちのお役に立てる仕事がしたいものである。

そして、日々努力して、できることなら、その美しいひとと一緒に恋に落ちることができるように、いろいろな天からのお計らいを期待したい。

エンジェル・ハート(ドラマ)の感想

最近、ほとんどテレビドラマは観なくなった。

だが、エンジェル・ハートは今のところ三話まで観ている。

シティー・ハンターは、若い頃、大好きなマンガだったのだ。

エンジェル・ハートの原作は読んでいないので、どこまで脚本で変更されているかわからないが、ストーリーもドラマで観ている。

そもそも、あの香と獠が結婚するところから始まったが、当時のマンガからは想像できないので、インパクトがあった。

少し調べたら、エンジェル・ハートはシティー・ハンターのパラレルワールドらしい。

それぞれのキャラクターがしっかりしているので、それもありだと思う。

さて、ストーリーは、いきなり香が事故にあい、その心臓が香瑩に移植される。

香瑩は香の記憶に導かれ、かつ戸惑いながら生きて行くことになる。

なんとなく、人が輪廻転生で魂に導かれながら生きているのと似ている気がした。

ただ、普通の人は魂の記憶など忘れてしまっているのである。

今のところ、利他主義的なストーリーもしっかりと取り入れられている。

また、冴羽獠を演じている上川隆也を始め、キャスティングもマッチしていると思う。

ただ、個人的に野上冴子のイメージは、藤原紀香であった。

これから少し中だるみが予想されるが、しばらく付き合ってみたい。

福山雅治「I am a HERO」歌詞と感想

まず、福山雅治「I am a HERO」の歌詞はこちら。

さて、ここから感想。

私は、もともと福山雅治さんの大ファンなので、今回の「 I am a HERO」にもいちいち共感できる。

だが、一番気になったのは、下記の部分。

「なんであいつなんだよ」
って今日もやっかんでる
でも嫉妬こそ努力の根源さ

確かに、やっかみや嫉妬は努力の根源になると思うが、そもそも、本来はそれ自体が無用なのだ。

なぜなら、惜しみない努力とは、もっと崇高な理念に基づいているもののはずだから。

だが、福山雅治があえて「嫉妬こそ努力の根源」と言っているので、逆にリアルである。

例えば、宝くじが当選して思わぬ大金が入ってしまったり、器以上の役職についてしまうなど、たまたま自分の実力以上の金やポジションが手に入ってしまう人がいる。

だが、そんな人たちは、自然と自滅していくものである。

だからこそ、そんな、なんちゃってラッキーな人たちに、やっかむ必要も嫉妬する必要もないのだ。

大事なのは、自分の夢や理想がどこにあるのか。そして、自分自身がそれをしっかり把握しているかどうかである。

もし、嫉妬が恋愛がらみのものなら、あなた自身が、相手を自分に向かせる努力を怠った結果ではないだろうか。

そういえば、今、メディアで活躍している千原ジュニアは、引きこもっていた若かりし頃、テレビの出演者を観ながら、あんなヤツより自分の方が笑いを取れると、やっかんでいたらしい。

自分の実力が世の中から過小評価されていると感じていたのだろう。

現在、メディアで活躍している彼だからこそ、そんなやっかみにも意味がある。

ちなみに、クセもののジュニアを世に出すキッカケとなったのが、兄のせいじだとすると、魂レベルの奥深い話しなるので、割愛することにする。

結局、自分の実力以上の出来事は禍をもたらすし、それを乗り越えれば、実力がつくということである。

逆に、本物の実力者にとっては、世間からの過小評価が、やっかみや嫉妬につながり、さらなる努力の根源になるのかもしれない。

いずれにしても、福山雅治さんくらいのポジションになれば、人生でいっぺんとはいわず、何度でも調子に乗ってもいいと思うが、私のような凡人は、まだまだ調子に乗ることなどありえない。

なので、人生でいっぺんくらい調子に乗れるよう、日々努力していきたいと思う。

そして、最後の歌詞。

10年経ってまだこれ言ってるけど
待たせたな本物に変身するんだ

例えまわりから笑われても何と言われても、本物とは10年でも20年でも何十年でも、夢を追い求め続けられる人なんだと、改めて考えさせられる。

いろいろと踏まえて、現時点の結論を述べると、福山雅治が今なお活躍し続けるのは、彼が自身の過去の栄光に調子づかずに、常に、今ここを一生懸命に生きているからに他ならない。

少なくとも私にとっては、尊敬できるヒーローのひとりである。

最後に余談なるが、いっぺんくらい調子に乗りたいというメッセージは、B’zの「有頂天」にもあった。

他人の何倍も何十倍も努力してるんだから、ちょっとだけ調子に乗って有頂天になってもいいでしょ?ということだ。

常に時代を先どるアーティストのメッセージは、時に似たような内容になる。

繰り返しになるが、我々も自分にできることを一生懸命努力して、ほんの少し調子に乗りたいものである。



色あせないランドセルの中身

末娘が小学生になった。

入学式で、校長先生から、「ランドセルの中に元気と笑顔も入れてきてください」と言われていた。

通学するようになり、「ランドセルの中に何を入れていくんだっけ?」と聞いてみた。

すると、最初は「何だっけ」と言っていたが、「元気と笑顔」だったことを思い出した。

そんなことを何度か続けていると、母親から「やる気」も持っていくように言われていた。

その後、同じ質問をすると「元気と笑顔とやる気」と答えるようになった。

そこで、「あと夢と希望も入れていきなよ」と言ってみた。

「そんなにたくさんは持っていけない」と返ってきた。

「夢と希望」

これらをランドセルからカバンに移して持ち歩いている大人はどれくらいいるだろうか?

娘よ、今だからこそランドセルの中に、「夢と希望」をたくさんたくさん詰め込んで欲しいと父は思う。

もしも、今は詰め込めないなら、それらが見つかってからで良い。

娘よ、それらは、たくさん詰め込んでも、いつのまにか少なくなっているかもしれない。

だけどね、その中でも残ったものをしっかりとカバンに移して、大切に持ち歩いてくれることを願っている。