見えていたもの

「いいですか?ここ大事なんでもう一度言いますよ。事を成すには、トップダウン思考じゃないとダメなんです。ボトムアップの積み上げ方式では、いつまでたっても成功しませんよ。しっかり覚えておいてくださいね」

オモパロスアカデミアで、講義をしているのは、坂本群馬。

時は2050年代初頭。御年80歳にして、初代校長をつとめながら、今だ現役で教壇にたっている。このアカデミアは、優秀な経営者を育てる専門の学校なのだ。群馬は、オモパロスグループの創業者だが、すべての事業を後継者に任せて、現在はアカデミアに専念している。

「金はあるヤツが出せばいい」

「金で解決できる問題はたいしたことない」

これが、若い時からの口癖だった。それは、資本主義が完璧でないことを理解していたからである。また、資本主義の資本、つまり金の代わりになるような、信用を表す「何か」に当分人類が辿りつかないことも知っていた。

だが、資本主義の世の中で資本を手に入れることは、誰にでも平等に与えられた権利でもある。もちろん、それは必死で努力したものに集まるようにできている。

群馬は、これまでの事業家人生で、金よりも信用を大事にした。遠回りのように見えても、それが大資産家への一番の近道だということも知っていた。

ただ、決してそれは、つまらないテクニックなどではない。誠実に「心に素直に」従った結果だった。世界でも指折りの資産家となった今の群馬の口から出た、これらの言葉は、言霊となってひとつひとつが魂に響いてくる。

これからの世界のために、若者を育て、行きたいところへ行って、食べたいものを食べ、会いたい人に会う。誰からも干渉されず、もちろん、やりたいことを金で制限されることなどまったくない。

世界一自由な男と言ってもいい。その昔、一世を風靡した「ひとつながりの秘宝」というアニメの「海賊王者」とは、群馬のような人物なのだろう。

これからますます変化も激しくなり、生きることが厳しい時代になる。今の群馬の夢は、一人でも多くの若者たちに生きるチカラを与えることだ。

そして、これが良き未来を創ること、つまり教育であり、自分が死ぬ直前までやっていたい天職であると考えていた。

そんな群馬だが、当然、昔からこうだったわけではない。三十台前半で、恩師との出会いがあり、事業家として覚醒した。そのままの勢いで起業したまでは良かったが、自力で事業を展開するには、あまりにも未熟すぎた。

物語は、「文無し群ちゃん」と呼ばれていた三十台後半まで遡る。