革命

オモパロスは、窮地に立っていた。あの一件以来、業績は振るわなかった。そんな中、出版社へ坂本群馬が乗り込んだ事件が、勝正志の耳にも入っていた。勝は、プロバイダー戦国時代の新勢力として、群馬の動きを気にしていたのだ。

そして、ある有力な経済誌のインタビューで、群馬の一件に触れ、「オモパロスは情報革命を志す同志で、最大のライバル」として紹介した。また、「あの価格が業界の基準になる」ということも言っていたのだ。この時期、世間に対する勝の影響力は、ずいぶんと大きくなっていた。

この記事をキッカケに、オモパロスは息を吹き返した。勝のたったひと言で、世間の信用を一気に回復したのだ。一方、状況に危機感をもった同業他社でも価格の見直しが行われ、本格的な戦国時代へ突入した。当然、遅れを取った企業は、大手に吸収されるということが頻繁に起こり始めたのだった。

そして、数年後、日本国内は完全に光回線のみに統一され、使用料も最終目標だった金額まで値下げされた。光の道が成し遂げられたのだ。オモパロスは、回線使用料の値下げの段階と共にシェアを拡大し、この時には、プロバイダー4大勢力と呼ばれる4社の中の一角を担っていた。夢物語だった「ヤホーBBのライバル」といってもいい状態になっていたのだ。また、この年は、さらなる飛躍を目指して、株を上場する準備を始めた。

この少し前から、同級生で整体師の設楽慎吾は、群馬の秘書兼運転手として、働いていた。慎吾は、整体師という仕事が性にあっていて好きだったのだが、群馬が提示した条件にびっくりして、思わず、整体師から転身したのだ。そんな慎吾に、株式公開準備室の室長を任せた。

光の道が成し遂げられた後のある日、群馬は勝と会食していた。プロバイダーという一事業でいうと、ライバルになるので、まわりから見れば不思議な組合せに見えただろう。だが、当人たちは、「情報革命」を志す同志という意識の方が大きかったのである。それに、群馬は、ゴシップ誌の一件で勝に大恩があった。
「勝さん、その説は大変お世話になりました。また、光の道の完全開通、おめでとうございます」
やっと、直接、御礼が言えた。
「いやいや、私だけのチカラではありません。有能な同志のおかげで、成し遂げられたことです。それこそ、あなたの会社も大きな働きをしてくれました」
「ありがとうございます」
めずらしく、群馬は恐縮していた。しかも、すでに涙ぐんでいる。今でも勝を尊敬しているのだ。むかし、誰かが(憧れは嫉妬に変わるが、尊敬は不変である)というようなことを言っていたが、確かにそうだと感じていた。それから二人は、時を忘れ、ワインを飲みながら、「情報革命」と日本の未来について熱く語り合った。

最後に群馬はもう一つ考えてる革命について話した。
「勝さん、情報革命にまだまだ終りはありません。ただ、私はもう一つ革命を起したいと思っております」
「何ですか」
「農業革命です。農家がもっと豊かになる仕組みができれば、農業を始める若者も増えて、日本国内のいろいろな問題の解決につながるはずです」
「それは、素晴らしいことです。次世代の課題かもしれませんね。ぜひ、農業界に革命を起してください。楽しみにしてますよ」
気がついたら、じきに夜が明ける時間になっていた。