本業のプロバイダー事業と、芸能事務所は順調だった。また、電子書籍の制作会社や映像の制作会社など、時流に乗った企業の細かいM&Aも行っていた。これらは、成功もあれば失敗もしたが、グループ全体から見れば、誤差の範囲だった。問題は、農業革命だ。すべての利益を食いつぶしている状態が続いていたのだ。
規格外の農産物を加工食品として利用する「無用の用プロジェクト」は、設備投資の割には知名度が低く、赤字状態が続いた。シルクを食品や化粧品として利用する研究も続いていたが、今だ、成果は出ていなかった。当然、研究費の出資は続いている。
社内からも「撤退するべき」という声が大きくなっていた。だが、坂本群馬は決してあきらめることはなかった。娘たちも応援してくれていた。実際に、シルクの研究もあと一息のところまできていたのだ。
そんな状況の中、オモパロスはとうとう赤字に転落してしまった。相場と共に、漂っていたオモパロスの株価だが、このニュースから一気に暴落した。群馬は、株主や社内、さらには世の中からの批判のマトとなっていた。そんな中、この年の株主総会が開かれた。
今までと違って、会場は殺気だっていた。群馬が登場すると、会場から罵声が飛び交った。
「よくのこのこでてこれたなー」「金返せー」「バカヤロー」
などなど。
だが、群馬も堂々としいた。ひととおり報告が終ると、質疑応答の時間を設けた。
「株価の下落で、株主のみなさまにはご迷惑をおかけして申し訳ございません。ですが、私は、日本の農家のみなさんのために、志しを持って、農業革命に取組んでおります。逃げも隠れも致しません。ご質問等ございましたら、お応えさせていただきます」
いろいろな攻撃的質問が続いた。やはり、シルクの研究に関するものが多かった。群馬は丁寧に応えていった。
「シルクの研究は、商品化まで、あと一息のところまで来ております。健康食品の中でも異色の存在になることは間違いありません。世に出れば、市場を独占できます。簡単にマネできるものではありませんので、息も長い商品になるでしょう。なにより、日本の養蚕業の復活につながります」
会場の殺気は、収まらない。
そんな中、ある一人のおばあさんの発言から一転する。
「坂本さん、私はあなたに感謝してます。私の主人は、農家の生まれで、野菜を作ったり、養蚕業をやっておりました。すでに亡くなりましたが、生前、規格外商品の廃棄などにも困っておりました。また、『蚕やシルクの素晴らしさを世間がもっと分ってくれたらなー』とも話しておりました。坂本さんは、そんな主人の夢を叶えてくれるお人だと思っております。だから、私は亡くなった主人の遺産をあなたの会社に投資させていただきました。わずかではありますが、どうか農業の発展のために役立ててください。いろいろと困難もおありでしょうが、負けずに頑張ってくださいね」
目から涙がこぼれている群馬の姿が会場のスクリーンに映し出されていた。
会場はザワついた。そして、次第に群馬を応援する声も出始めたのだ。
「頑張れー」「応援するぞー」
こんな殺気だった会場で、質問にも丁寧に答え、なおも堂々と自分の志しを口にする群馬は信用に値するという雰囲気に変わっていた。この日、会場に来ていた株主は、このおばあさんから投資というものの本質を教えてもらったのかもしれない。
最後に群馬は言った。
「私は農業革命を必ず達成します。そして、株主のみなさまに利益を還元することが使命だと思っております。ありがとうございました」
こうして、五時間にも及ぶ、異例の長さとなった株主総会は、暖かい空気に包まれながら終りをむかえた。群馬にとって、もっとも記憶に残る株主総会となった。
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