宇宙へ

坂本群馬は、この日、とあるパーティーに出席していた。そこで、ある人物と出会う。

歌江圭介という男である。
ウタエモンなどと呼ばれ、ITの風雲児としてメディアにも登場していたが、その後、粉飾決済で実刑判決を受け二年ほど塀の中に入っていた。若くして少し目立ちすぎたため、出る杭として時代に打たれてしまったのだろう。いずれにしても、時代を急ぎすぎため、クールダウンが必要だったようだ。

歌江は20キロ程痩せて塀から出てきたが、だいぶリバウンドしているようだった。
群馬は、この時、歌江と宇宙開発の話題でずいぶん盛り上がった。
年が近いせいもあったのだろう。

いろいろと派手好きな男だが、宇宙への夢は本物だと感じた。

「民間で有人宇宙飛行をするには、過酷な環境に耐えらる特殊なパーツとか、宇宙飛行士の宇宙食とか、いろいろ問題もあるんですよ。でも、かなりいいところまできてるんですけどね」
「そうなんですか〜。そういえば、私の友人に、鉄加工の職人がいますよ」
「なら、今度、うちのプロジェクトチームへ遊びに来てくださいよ」
「ぜひ、近いうちに伺います」

一方、この頃、ようやくシルク健康食開発のリーダー相沢聖治率いるプロジェクトチームは、シルクの商品化までこぎつけていた。そして、どのように世に出すかという段階まできていたのだ。

後日、鉄工会社たかほ製作所社長で同級生の佐々木哲夫と、開発リーダー相沢と共に歌江のチームを訪れた。

哲夫は部品、相沢は宇宙食、それぞれの専門家と深い話しに入っていった。
逆に、群馬は歌江に、シルクについて熱く語った。
シルクに含まれるアミノ酸と桑に含まれる血糖値を抑える成分を組み合わせれば、理想の宇宙食になるだとうと考えていたのだ。
こうして、群馬の養蚕業復活の夢と歌江の宇宙への夢は、お互いに絡み合い、相乗効果が生まれ始めたのだ。

それぞれ、時間が経つのも忘れるほど語り合い、帰るころにはすっかり意気投合していた。

この半年後、歌江は民間での有人宇宙飛行に成功する。
派手に打ち上がったロケットと共に、シルクの宇宙食も話題となり、長年苦節の続いたシルクシリーズは、一気に世の脚光を浴びた。
主力商品は、シルクのサプリメントとシルク化粧品、桑茶などである。
群馬たちの長年の苦労も報われた瞬間だった。
もっとも、さらなる量産体制を整えるため、相沢チームからはうれしい悲鳴も上がることになる。
当然、養蚕施設も拡大し、養蚕業復活の第一歩を踏み出した。

シルクシリーズに引っ張り上げられるように、無用の用プロジェクトの加工食品の売り上げも跳ね上がった。
こうして、やっと農業革命の扉が開いたのだった。
群馬は、あのときの株主総会のおばあさんの顔を思い浮かべていた。経営者として、ほんの少し、株主に恩返しができたかなと思うと胸が熱くなった。

また、たかほ製作所も大きく取り上げらた。あれから、業界では「困った時のたかほ頼み」などという言葉も生まれ、いろいろな仕事が舞い込んでいるようである。
ある日、群馬は様子を見に行ってみた。

「群ちゃん、無理難題ばかりで、まいったよ〜」

哲夫はうれしそうに言っていた。