シルク商品のヒットで、息を吹き返したオモパロスグループは、次の事業として、「シルクの森」を展開しようとしていた。
これは、マクロビオティックやナチュラル・ハイジーンを元にアーユルベーダなども取り入れ、さまざまな美容・健康に関するサービスを提供する複合施設である。
具体的には、健康自然食のレストランをはじめ、シルク自然化粧品を使って素肌をきれいにするためのエステサロン、さらには心の悩みを解消する個別カウンセリングが受けられるようにするという事業内容だ。
託児所も設置し、忙しい女性たちをメインに憩いの場を提供することをコンセプトにしている。
坂本群馬は、「シルクの森」を三美一体の複合施設として、そこに集うものがみな家族のように打ち解け合える空間を創りたかった。
三美一体とは、体の美・肌の美・心の美をトータル的にコーディネートするということだ。
エステで肌をきれいにしても、きちんとした食事をとっていなければ、ニキビや吹き出物などができてしまうだろうし、そもそも、見た目がどんなに美しくても、心に闇があればいずれ表面に現れてしまうものである。
群馬はこのシルクの森を全国的に展開しようと考えていたが、まず、一号店を地元にオープンする準備をしていた。
だが、実はこの時、人知れず悩みをかかえている男が二人いたのだ。
群馬は折り入って話があると、同級生でオモパロスの重役の設楽慎吾から飲みに誘われた。
「群ちゃん、実はね・・・」
「なんだよ、シンちゃん、そんな改まって」
「実は、オレ・・・やっぱり整体がやりたいんだよね」
「なんだ、そんなことか。やればいいじゃん」
「いや、ビジネスとしてじゃなくて、ただの整体師として、また、お客に直接触れてみたいんだよね」
「お客って、女性限定?」
「ちっ、違うよ」
「このエロじじい」
群馬は言いながら笑っていた。
「群ちゃんさ、よく『死ぬ直前までやっていたい仕事が天職だ』って言ってるだろ。そんなこといつも聞いてたら、俺、やっぱり整体師がやりたいなと思ってさ」
「そっか」
「群ちゃんには十分稼がせてもらって、大恩もあるのに今さら申し訳ないんだけど・・・」
「何言ってんだよ。ほんと助かったよ。シンちゃんがいなかったら、ここまでこれなかったと思う。ありがとう。ワシだって自分の心に素直にここまでやってきたわけだし、これからもそうだろうし。シンちゃんだって当然そうあるべきだよ」
「そう言ってもらえると、俺も少し楽になるよ」
「そうだ!シルクの森があるだろ。あの一号店の設計に手を加えてシンちゃんの整体も入れるっていうのはどう?お互いメリットもあるだろうし。役員は退職金がないから、ワシからのせめてものプレゼントにさせてよ」
「ほんと!そうしてもらえると助かるよ。やっぱり、お客がつくまでが大変だからね。あっ、実はね、もう名前も考えてあるんだ」
「なになに」
「もみの木整体」
「お〜、いいじゃん。シンちゃんらしいね。ま〜なんだ。これからもただの親友としてヨロシク」
ふたりはがっちりと笑顔で握手を交わした。
「でも、ほんとは、若いおねえちゃんに触りたいだけじゃないの〜?」
群馬はまだそこにこだわっていた・・・。
それから数週間後、JE職員で同級生の市原清介と一緒に飲んでいた。
珍しく清介から誘われたのだ。
もうひとりの悩める男である。
「群ちゃん、実はね・・・」
「なんだよ、清介、そんな改まって」
「実は、オレ・・・会社辞めようと思って・・・」
「マジで〜?すっかり落ち着いて、順調にやってたんじゃないの?」
「うん、別に仕事が嫌とかじゃいんだ。ただ、群ちゃんや慎吾の活躍を見てるとさ〜。俺も最後に一旗揚げてみたい気になってきちゃって・・・」
「そっか」
「大変な時期を共にしないで、ほんとに都合のいい話しなんだけど。もっと農業のあり方を変えられると思うんだよね」
「よし。じゃー、こうしよう。とりあえず、役員報酬は今の年収の三倍でどう?」
「えっ、マジで。そんな急に?しかも、そんなに?」
清介は本気でビックリしているようだった。
「実は、慎吾が退社することになってね。どうしようかと思ってたとこだったんだ」
「慎吾が・・・なんでまた?」
「若いおねえちゃんを直接マッサージできる整体師に戻りたいんだって(笑)本人にどこまで下心があるかわからないけど、結局、整体師が慎吾の天職なんだよ」
「なんだ〜、一緒にできると思ったのに残念だな」
「それにしても、まさか清介が会社を辞めるとは思わなかったよ」
「そう?何といっても自分の人生だからね。やっぱり、仕事も楽しまないとね」
「その通り!うちはこれから、シルクの森という複合施設を展開するんだけど、丁度その食材の農産物にもこだわりたいと思ってたんだ。まー、詳しいことは後にして、とりあえず飲もう!ようこそオモパロスへ!かんぱ〜い」
群馬は、実は清介が結構な野心家であることを知っていた。
なので、共に仕事ができることを本当に頼もしく思っていたのだ。
また、勇気をもって何かを手放すと、その空白を埋めるように別の何かが現れることを身を持って体験した。
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