「高倉健インタヴューズ」というライトエッセイがある。
その中で興味深い発言を紹介したい。
「魚釣りみたいに餌をポンと浮かべてただ流れを待つのではなく、ビジネスとして積極的にポイントポイントを調べて、それにあった針を使い、餌を使い、一番いい季節を選ぶというやり方は、商売として絶対にあると思う」
これは、来る者拒まずとか当たれば儲けものということではなく、初めから自分の理想をきちんと設定して、それを狙っていくということである。
ある意味では、自分自身を俳優高倉健として商品化した天才的なビジネスパーソンと言える。
実際、高倉健さんは、このスタイルを通し、晩年では4~5年に1回しか仕事を受けていなかった。
ただし、その間も、常に肉体を管理し、演技を学び、いつでも撮影に入れる準備は当然しているわけで、それなのにこの頻度というのは、すごいプロ魂としか言いようがない。
だが、逆にこんなことも言っている。
「待っているときはとても苦しい、ポンポン仕事を受ければ、どれだけ楽なのだろうと思う」
高倉健さんはこういう仕事の受け方について、効率的では全くないということを自覚しながら、なぜそのスタイルにこだわるのかと聞かれて、こう答えている。
「まずい餌の獲り方をすると、姿が悪くなる」
これが高倉健さんの生き方が美しい真髄だと思う。
例えば、ライオンとハイエナの餌の獲り方の違いが、そのまま姿に現れているということである。
これは人間にも通じることで、餌の獲り方、すなわち仕事の選び方や稼ぎ方が重要だと彼は言いたいのだ。
突然の訃報から一夜明け、次々と表に出てくる彼の生きざま。
公表するタイミングや仕事へのけじめなども、いちいち彼らしい。
死ぬ直前まで打ち込んだ俳優という天職を全うした彼の魂は、今頃どうしているだろう。
人生を振り返り、幸せを感じているだろうか。
そして、唯一結婚した女性で、離婚したあとも毎年命日には墓参りを欠かさなかったという江利チエミさんの魂と再会でもしているのだろうか。
いずれにしても、我々が高倉健さんのように美しく生きたいと願うことが、供養になるのかもしれない。