カテゴリー: 今ここ

性のボーダレス

今から十三年前。

私が恩師のビジネスセミナーで学んだことの中に「ボーダレス」というキーワードがあった。

読んで字のごとく、いろいろな境目がなくなるということである。

細かいことは割愛するが、今、感じるのは、当時から予想されいていた男女のボーダーが、いよいよなくなってきたということだ。

もはや、会社が社員を守ってくれる時代は終わった。

若者は、経済的な理由や将来の不安から結婚できない。

無事に結婚しても、共働きでないと、子育てできない。

こうして、女性は家庭を守るだけでなく、世に出て稼がなくてはならない時代になったわけである。

そうなると、有能なひとは、性別を問わず活躍する場ができる。

つまり、男性は外で稼いで女性は家庭を守るという図式は、すでにくずれているというわけだ。

そうなると、女性でも仕事ができれば、バリバリ稼ぐようになる。

中には、家計を支える妻と子供のために家事をこなす主夫もでてくるのは当然なことである。

そして、英雄、色を好むといはよく言ったもので、稼ぐひとは男女を問わず色を好むのが人間の性なのだろう。

最近ご活躍の女優や女性議員の不倫騒動が相次いでいるのは、そういった時代の象徴ではないかと考えている。

私自身は、以前から「心に素直に」と言っている。

なので、特に彼女たちの生き方をとやかく言うつもりもない。

かつて、不倫が発覚してニュースになるくらいのとある男性政治家と酒の席で一緒になる機会があった。

私が、その件について何気なく聞いてみると「ちゃんと仕事をしてるんだから、それくらいいいだろう」と言っていた。

彼を擁護するわけではないが、奥さんからどんなに非難されようとも、それなりの仕事をしているから離婚には至っていないのだろう。

現在、不倫騒動で話題の女性陣の中には、「明らかに給料ほど仕事してないんじゃないの?」と思われる人も何人かいるが、まあ、彼女たちの本音は、上記の政治家と同じようなところかもしれない。

それにしても、一般庶民の浮気調査をする探偵同様、他人のあんな秘密写真を撮る(盗る)ということがビジネスになってしまうのだ。

誤解を恐れずに、あえて彼女たちの本音を代弁すると「なんだか住みにくい国になってきた」といったところだろうか。

さて、環境はボーダレスになったとしても、所詮は男と女。

要するに、最近流行りのキーワードになっている「一線」もボーダレスになってきたということかもしれない。

なにはともあれ、それなりの立場にあるなら、せっかくの偉大な恋愛エネルギーを良き世の中にするために、有効活用していただきたいものである。

創る者と変える者と支える者

世の中を支えているのは、体に汗をかく者。

世の中を変えるのは、体に汗をかく者に作業を与えるため、頭に汗をかいて考えている者。

未来を創るのは、世の中を変える者を育てる者。

ゆえに、良き未来を創るには、良き教育が必要である。

NMB48須藤凜々花の進む道

NMB48に所属しているという須藤凜々花の情報をやたらと目にする。

詳細は、ネットで調べれば、すぐに分かるだろうが、私が把握しているポイントは下記の二つである。

・恋愛禁止のAKBグループ総選挙で結婚宣言をした

・「哲学」云々を口にしている

さて、

まだ若い彼女が、世間の注目を浴びているのは事実である。

その背景に「哲学」がちらついている。

彼女が、何を志しているか知らないが、本気で成し遂げたいことがあるなら、ある程度知名度のある彼女が、このまま「進む道」は、自殺くらいのものだろう。

ただの利己主義からくるテクニックなら良いのだか、本気で何かを志しているなら、自分自身の存在が、いかにちっぽけかを知って絶望する。

なので、本気で哲学を志すなら、さっさと引退して未来の夫と穏やかに暮らしながら、時間をかけてゆっくりと学べば良いと思う。

今ここの彼女が自分自身の言動に責任を取るなら、それがベストではないだろうか。

哲学を売名行為のテクニックに使って欲しくないのと同時に、家族という小さな組織の中にも哲学は存在するものである。

とにかく、「哲学」とは、死と密接な関係があると考えている。

世間の注目を集めるためのなんちゃって哲学なら良いが、彼女が本気でその道に進みたいなら、若い命を無駄にしないようにして欲しい。

いろいろと絶望を経験して乗り越えると、自分のちっぽけさにも免疫ができる。

これは、同じ哲学を学ぼうとする者としての、ちっぽけな意見である。

七夕の次の日とパイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド

昨日、織姫と彦星は、無事に再会できただろうか。

一年に一度だけの再会。

二人は、この日のために日々、努力しているのだろう。

そういえば、確かパイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンドでは「海で10年、陸で1日」というメッセージで終わった。

その時、まっさきに七夕を思い浮かべたものだ。

そして、エリザベスとウィルの10年に比べれば、織姫と彦星の1年などは、かわいいものだと感じたのを覚えている。

どちらにしても、魂の底から愛しいと想うひとと、たったの一日、幸せなときを過ごすために、1年なり10年なりを努力する。

例えば、幸せとは、そんなものではないだろうか。

もしかしたら、人生でそんな日が、たったの一日もないひともいるかもしれないと考えると、一日あるだけでも幸せなのかもしれない。

今日は、2017年、七夕の次の日。

織姫と彦星の物語から推測すると、昨日の幸せなひとときの余韻にひたりつつ、いつもの日常を向かえているはずである。

きっとふたりにとっては、来年再会するための努力が始まるのだろう。

そんなことを考えながら、今ここを過ごしている。

・・・

さて、さて、パイレーツ・オブ・カリビアンの最新作「最後の海賊」が日本でも公開になったという。

興味がある方は、劇場まで足を運んでみてはいかがだろうか。

楽しい仕事と楽な作業と将来のものづくり

もう十年以上前、尊敬している当時の上司と新しい事業を立ち上げた時の話しである。

元々DTP関係の小さな会社にいた経験のある私は、「事業メンバーの名刺なら私にも作れます」と提案した。

だが、上司は「それは、仕事ではなく作業になってしまうので、外注しましょう」とおっしゃっていた。

当時の私は、経費削減にもなるし、そのくらいの作業なら楽にできるのにと思ったのと同時に、仕事と作業の違いって何だろうという疑問がわいた。

それには、いろいろなご意見もあるだろうが、私自身も十年以上もかけてある結論に達した。

なので、ここで紹介したいと思う。

作業というのは、「できるかできないか」が判断基準で、仕事というのは、「やりたいかやりたくないか」が判断基準ということだ。

できる作業を増やすには努力や経験が必要だろうが、一度できるようになってしまえば、作業を続けるというのは楽なことなのだ。

だが、その楽な作業ができる人を育て、自らは新たな事を成すための準備をする。

それが、仕事なのだと思う。

ゆえに、仕事は、決して楽ではない。

なので、自らが楽しまないと、長続きはしないだろう。

また、実際に、資本主義の仕組みを考えても、仕事をしている人と作業をしている人では、収入に差が生まれるのも当然である。

もしも、生活費を稼ぐためだけの今の作業に苦痛を感じている方がいるなら、あなたの努力の方向が間違えているということだ。

もっと自分に合った作業を探すか、やり甲斐のある仕事を見つける努力をするかのどちらかしかない。

例えば、ある現場の作業員は、「あの公園は俺が造った」と言う。

その現場の監督やその会社の社長は、「あの公園は僕が造った」と言う。

さらには、その公園が公共のものなら、市長や知事も、「あの公園は私が造った」と言う。

みんなが、それぞれの立場で、ものづくりをしている。

今の自分の立場に満足しているならそれでいいが、もっと大きな仕事がしたければ、それなりのポジションにつく努力が必要だろう。

いずれしても、人々が暮らしやすくなる良きものをつくりたいという想いは、そこに携わる人がみんな持っていなくてはならない。

話を戻すと、先ほどの例えで出てきた公園だが、そんな立派な公園を造る「ひとたち」を創るのが、実は教育である。

ものづくりはひとづくりと言われるが、その根底には教育があると考えている。

なので、良いものを造っている企業には、必ずと言っていいほど、しっかりとした教育システムが存在している。

ただ、人口が減少している日本では、あらゆる物事が自動化しているのも事実だ。

あるいは、自動化が進んだから人口が減少しているのか。

どちらにしても、そのうち、いろいろなものがAIとロボットでつくられる時代がくるだろう。

それどころか、これからの人類はAIに教育されるようになるかもしれない。

そうなったら我々人類は、何をすれば良いのだろうか。

すでにチェスや囲碁で、AIは人類を超えたのも事実だ。

そうなると、例えば、アートの領域が最後の砦なのだろうが、それすらもロボットアーティストに取って代わる日がくるかもしれない。

そんなことを考えながら、少し寂しい気持ちになっている今日この頃である。

・・・

ところで、最近、あまり日本では耳にしない「ヒアリ」が話題になっている。

「壁に耳あり障子に目あり、恐ろしいのは港のヒアリ」

・・・

何はともあれ、今まで日本にはいなかった毒アリが、兵庫と愛知の港で発見されたようなので、我々日本人も、これからはヒアリと上手く付き合っていかなかればならないだろう。

とりあえず、港付近の方は、最低限の知識を身につけて、十分にご注意いただきたい。

おあとがよろしいかよろしくないかは別として、今日はこの辺で。

自戒の念を込めて、今ここを何より大事にしたい。

ありがとうございました。