哲学の小径

先日、桐生市の吾妻公園に立ち寄ったところ、哲学の小径なるものがあったので、行ってみた。

いわゆる格言とか名言とかいう類のものが、点々と刻まれている散歩道だ。

中には、知っているものも知らなかったものもあったわけだが、ひとつだけ、とても印象に残ったものがあった。

論語より「徳は弧ならず必ず隣あり(トクハコナラズカナラズトナリアリ)」

今年の10月に小田貴月さんの『高倉健、その愛』が出版されたが、プライベートを一切明かさず、ストイックで孤独のように思われていた高倉健さんにも、ちゃんと隣に理解してくれる人がいたんだな~と、妙にリンクしたので、ここに私自身のメモとして残したい。

ちなみに、高倉健さん(本名:小田剛一)と小田貴月さん(戸籍上高倉健さんの養女)は外で逢うことが、ほとんど無かったという。

彼女は、自分の人生のすべてを高倉健さんに捧げたのだろう。

まさに、徳のある者には、必ず理解して隣で助力してくれる人が現れるという実例である。

私にとっても、初めて触れた言葉で、改めて「無知の知」を思い知らされた。

また、高倉健さんのように、常に徳のある者になる努力をしなければいけないと思う今日この頃である。

人生とは、肉体の限界同様、徳を積む努力を放棄した時が、お終いなのかもしれない。

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